2012年4月16日月曜日

外遊びの自由を奪われた親子-屋内公園・ペップキッズでみた苦悩-(福島で暮らしゆく①)

「久しぶりの砂遊びです」

 2012318日。晴れた日曜の午前中。20代の若いお母さんは息子が砂遊びを楽しんでいるのを眺めていた。

 だがおかしなことに、砂場の上には太陽はない。上から降り注ぐのは蛍光灯の光のみ。落ち葉もなければ、虫もいない。周りを見渡しても緑の木々はない。あるのは壁に描かれているポップな木。

 外はよく晴れているのにもかかわらず、子どもたちは衛生的に管理されたガラス張りの部屋で久しぶりの砂遊びを楽しんでいる。

 
 これはなにもディストピアもののSF映画の内容を説明しているわけではない。核戦争後の地下世界を描いたアメリカ映画の舞台でもない。いま、福島県で実際に起きている現実の姿なのだ。

 今回から「福島で暮らしゆく」の連載を始める。声高に放射線の危険性を訴える人がいるなか、福島で暮らしていかざるをえない人たちが大半を占めている。そうであるならば、福島の地でこれからどのような新しい日常が営まれていくのかを記録していきたい。そう思った。

 第1回目は、外で遊ぶ自由を奪われた親子の苦悩を報告する。


■福島県郡山市にある“ペップキッズこおりやま”。20111223日にオープンして以来、一日平均1300人もの親子連れが訪れている(ペップキッズこおりやま調べ)。



 生後6カ月から12歳未満までの子どもが遊び場を求めてやってくる。施設内には全力疾走ができるランニングコースや屋内砂場、三輪車のサーキット場までも用意されている。


 一日4回90分入れ替え制。土日ともなれば、子供と保護者でぎゅうぎゅう詰めだ。

 なぜこのような屋内遊び場施設が作られたのか。それは施設のパンフレットに記載してある「外遊びを室内で体験できるようにしました」との言葉が大部分を説明してくれているように思う。福島第一原発事故に由来する放射能汚染によって、比較的線量が高い郡山市内の子どもたちは思うように外遊びや屋外での運動ができなくなった。そのため運動不足による心身への様々な影響を考慮して屋内公園を設置するという考えに至ったわけだ。

 原発事故以降、郡山の子どもたちは「外で遊ぶ自由」を、親たちは「外で遊ばせる自由」をいつの間にか奪われてしまった。その奪われた自由を少しだけでも取り戻すために、晴れた日の休日にも関わらず、多くの家族連れがペップキッズにやってくるのだ。

 外で遊ぶ自由を奪われてしまった親子はいま、一体なにを悩んでいるのだろうか。


免疫力の低下が心配のタネ

 砂場で子どもを遊ばせていたIさんに話を伺った。保育士でもあるIさんは、保育園年中の息子が砂場で楽しげに遊んでいる姿を眺めていた。



―― ここにはよく来られるのですか

「いえ。いままではここに来てインフルエンザに感染してしまうのが心配だったので。今日は春休みだからってことで来ました。」

―― いままで外遊びとかさせていましたか

「させてないですね。公園でももちろんさせていません。勤務している保育所でも外でのお遊戯はさせてないです。運動会も体育館でやりました。」

―― もう完全に外での遊びは避けているのですね。外遊びができなくなったことで子どもたちになにか影響とかはでていますか?

「ありますね。遊びも自由にできないので、体力不足になることはすごく気になります。それから外で遊べないので、病気に対する抵抗力が落ちるかもしれないですね。」

―― なるほど、抵抗力の低下にもつながってしまうのですね。

「関係があるかはどうかはわからないんですけど、私の勤めている保育園では今年はインフルエンザが流行りました。去年はなかった学級閉鎖が今年はありました。」


複合的リスクを抱える子ども

 栄養面や生活習慣への影響もあるという。

「やっぱり外で遊ばないから子供たちが疲れないんです。そうするとおなかが空かないからご飯やおかずを食べる量も減って栄養面が不安ですね。」

「それから生活リズムの崩れてしまうことも心配です。」

―― 生活リズムですか?どんな風に変わりましたか。

「保育園ではお昼寝の時間があるんですけど、昼間外で遊べないと子供たちはお昼寝の時間になかなか寝付けないんです。そうすると、家に帰って夕方に寝てしまって、逆に夜に寝つけなくなる。遅寝早起きになってしまうんです。」

 育ち盛りのときに栄養や生活リズムが崩れてしまうことも悩みの種のようだ。そのような環境下で長期間過ごすとなると、なんらかの健康被害を発症してもおかしくはない。

 なるほど、子どもたちは複合的なリスクを抱えているといえる。子どもたちが抱えてしまったのは、外部被ばくや内部被ばくといった放射線による直接的な健康被害のリスクだけではない。そのリスク避けるがゆえに、免疫力低下や生活リズムの乱れなどの様々な間接的被害のリスクをも抱えてしまっている。

 そしてむごいことに、両方を同時にガードすることはできない状況にある。一方を防ぐと他方がダメージを受けてしまう。放射能による健康被害を避けるために外遊びを規制すると、今度は運動不足による免疫力低下の問題が生じてしまうように。子どもたちは複合的なリスクを抱えながら暮らしていかざるを得ないのだ。



自転車乗りが教えられない

 今回の取材ではIさんをはじめとして、ほかの二人のお母さんにお話しを伺った。そのなかで健康被害以外の悩みとして共通していたものは、自転車乗りが教えられないことであった。これは意外な答えだった。

 幼稚園くらいの年になれば、そろそろ三輪車の練習をする年頃だ。自転車や三輪車こそ「習うより慣れろ」で覚えていくものであるから、外での練習が欠かせない。しかし、外にいる時間をなるべく避けたいとの気持ちから自転車乗りも満足に教えられないというのだ。

 ペップキッズには、三輪車を乗り回すことができるサーキット場コーナーもある。狭いくねくねしたコース。コース内に入って、娘に三輪車を教えている父親の姿も見られる。



サーキットコースの外から眺めていたお母さんは、

「外に三輪車を出しておくと、汚染されてしまうのでいまは家の中に閉まっています。なかなか長時間外で練習させられないし。初めて三輪車に乗れるようになるのは、ここでなのかも知れないですね」と、幼児を抱っこしながら、明るいトーンで話してくれた。まるで冗談でも言っているかのようだった。

 私も一緒になって笑って話していた。しかしそれはジョークでもなんでもないのだ。自転車を屋内で練習して、屋内で乗り回すという冗談のような現実が目の前で起きている。

 90分の制限時間が近づいてきた。子どもは遊び足りない顔をしながら、親は子をあやしながらそれぞれ帰路についていく。入れ違うように、次の回の親子連れが続々と駐車場に入ってきた。

 これが、外で遊ぶ自由を奪われてしまった親子の、これからの日常の姿なのだろうか。 

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